間一髪のところで阻止できたミサイルは海の底へと沈んで行った。
報告やイーサンとジェーンの傷の手当てなど何かと慌ただしい事後処理を済ませながら、はチームより一足先にアメリカへと戻っていた。
「心配したのよ」
は疲れの抜けきれない体で仕事に戻りつつあった。後で休暇を、と上から言われていたが、実際には難しいだろう。
物の少ないの家にやってきたジーナは、彼女の顔を覗き込みながらそう言った。
「悪いのは男運だけじゃなかったのね」
「そんな風に言わないで」
「でも戦争も起きなかったしも無事に帰ってきたし、本当によかった」
「心配かけてごめんなさい」
「いいのよ」
ジーナは軽く言ってコーヒーの入ったマグカップを手に取った。
「そういえば指輪はどうしたの?」
「え?」
「いつも付けてたじゃない。新しい出会いでもあった? 今回の任務で」
はハッとした。それからすぐに困ったように眉を下げた。
「返してもらうのを忘れて……返さなくてもいいって言ったけど……」
「……何?」
「任務で……一緒だったの―― ウィルと」
ジーナの顔は途端に険しくなった。
「」
「長官と一緒にロシアに来てて……ちゃんと話す暇もなかったけど、わたし」
の言葉は携帯の着信音によって遮られた。
「分析官だわ」
ジーナがすぐに反応した。ジーナに出られる前に携帯を確保し、はすぐに通話ボタンを押した。
シアトルの夜は冷え、空気はどこか湿っていた。
ブラントの電話は簡単で、イーサンに集合をかけられたことと彼女も呼ばれているということだけだった。あれから八週間たっている。声が聞けた喜びと用件がそれだけだったことに対する落ち込みがごちゃまぜになり、はその時どんな反応をしていいのかわからなくなった。
それでも実際に久しぶりに彼の姿を見ると胸が高鳴る。
それがばれないように、チームが談笑し、イーサンから次の任務を渡される間もはできる限りブラントの方を見ないようにしていた。
ベンジーとジェーンが任務を引き受け立ち去る中で、ブラントだけは何も受け取らずに席を立つ。
はハッとして彼を見上げた。暗い横顔に不安がよぎり、は思わずイーサンに視線を向けた。
「僕はいない方がいい」
ブラントは言った。
「イーサン、君にとっては……奥さんを亡くしただろ?」
「ウィル」
思わず名前を読んだにブラントは首を振った。話そうと決めていた。いつかは話さなければいけないことだ。
「僕は前にクロアチアである任務についたことがある。護衛の任務だ……でも、しくじった」
「死んだっていう証拠はあるのか?」
もブラントも眉を顰めた。
「遺体が―― 」
「見たのか?」
「でもそれで、セルビア人を殺しただろ? 刑務所に――」
「刑務所にヘンドリクスについて知っているヤツがいるっていう情報があった。そのためだ」
六人も殺せば簡単に服役できる。ブラントが力なく座る傍で、は呆然とイーサンを見つめていた。
「僕の任務のことをいつから?」
「インドから帰った後に調べた。時間はあったからな」
「そうか……」
そう言って笑う彼の顔は、本当に久しぶりに見たものでは目頭が熱くなるのを感じた。
「僕といると危険が多い。でも妻を守るのは君の役目じゃない。僕のだ。君には別の役目があるだろ?」
ブラントが少し困った顔をしてを見たとき、ちょうど彼女もブラントに視線を向けたところだった。戸惑って言葉を失う二人はひどく初々しい。イーサンはブラントに笑顔を向けた。
「そうだな」
イーサンと握手を交わし、ブラントはに視線を少しだけ送ってから立ち去った。
は自分がどんな反応をしていいのかわからないまま、イーサンを見つめていた。
「わたし……」
イーサンは優しく微笑んでいる。
「わたしを呼んだのは……任務がないのに呼んだのは、この話のため?」
「聞きたいと思って」
「秘密だったんじゃないの?」
「ブラントの任務の話もだろ」
喉の奥が震えて、はそれを飲み込みたくて口元を押さえた。
「わたし……何て言ったらいいか」
「任務に関係なかったのに君は傷ついてた。大事な人と離れないといけない辛さは僕にもわかる」
「イーサン……」
「もう行った方がいい。きっとブラントが待ってる」
「ありがとう」
はイーサンにありったけの感謝をこめてハグを贈った。それだけでは足りないくらいの気持ちだった。
さっきまで肌寒さを感じていたシアトルの夜がどこか温かく感じられる。は自分がひどく身軽になった気持ちがした。ずっと重い荷物を持ったままのようだったのに。
「」
このまま帰るのはもったいない。呼びとめられて、は立ち止った。
「ウィル」
立ち止まり向かい合うと、気恥ずかしさが湧いてくる。
「帰るのか?」
尋ねられて少し肩を竦めた。帰るのはもったいなかったが、どうするかまで思いついていなかった。
「よかったら、その……コーヒーでも」
「……わたしと?」
「君以外にいないだろ。でも、明日早いなら」
「平気よ」
あまりにも素早く答え過ぎては頬を染めた。「行こうか」とブラントは思わず破顔した。
手を繋ぐことも腕を組むこともなかったが、それが当たり前のような距離感で二人はゆっくりと歩き始めた。