受け取ったハンカチと翔太郎の顔をは交互に見つめた。

「泣くほど大事なモンだったんだろ? あー……悪かったな」
「どうして、あなたが謝るの……?」
「俺の体庇った結果だし……まあ、一応な」

 立ち上がって気まずそうにそっぽを向いた翔太郎を呆れたようにフィリップと亜樹子は見ていた。彼女は翔太郎を攫ったし、樋口とのことに巻き込まれたのもそれが原因だ。

「本当に翔太郎くんは――
「翔太郎? あなた、翔太郎っていうの?」

 そう呼ばれていたことに、は初めて気が付いた。

「名前も知らないのに運命とか言ってたのか……左翔太郎だ。この風都で探偵やってる」
「ひだり、しょうたろう……」
「運命の相手じゃないけどな、捜し人なら手伝ってやれるぜ」
「その必要はないわ」

 あの時のハンカチは燃えてしまった。今手元にあるハンカチはあの時とは違ってよれよれじゃないし、名前も書いていない。アイロンがかけられ、ウインドスケールのロゴが刺繍で入っている。それでも、一緒だった。

「もう、いいの」

 浮かべた笑顔は、あの時と同じだ。

第 6 話 彼女が二度愛したS/涙は似合わない

 本来なら誘拐された人を捜す側なのにまさか自分が誘拐されるなんて。椅子に深く腰掛け、翔太郎はこの間の事件を思い返していた。あれ以来、の姿は見ていない。園咲と言っていたから風都にはいるだろう。美人だったが、正直ほっとしていた。

「園咲はまだ姿を現さないね、翔太郎」

 危うく飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになりながら、なんとかそれを飲み込んだ。

「な……!?」
「僕の予想だと、彼女は君に会いに3日以内にこの事務所に姿を現すと思っていたんだが……」
「攫っちゃうくらい翔太郎くんのこと、好きみたいだしねー」
「冗談じゃない……あんな女」
「こういうことでもないと、あーんな美人とはお近づきになれないよ?」
「うるせぇぞ、亜樹子。いくら美人でもな……性格に難があり過ぎるんだよ」
「翔太郎!」

 今度こそコーヒーを吹き出した。勢いよく開かれた入り口から満面の笑みで現れたのはまさに今話題にしていただ。彼女はフィリップにもにっこりと笑いかけると、そのまま真っ直ぐ翔太郎のデスクの前に立った。

「あたしは無視!?」
「はい、これ」

 差し出されたのは平たい小さな箱だ。ウインドスケールの文字がある。翔太郎は怪訝そうにそれを見つめた。

「この間、ハンカチをくれたでしょう?」
「わざわざ新しいの買ってきたのか? 別に洗って返してくれれば――
「いいの。その代わりあのハンカチはわたしにちょうだい?」

 首を傾げるはいつもの雰囲気とは違ってどこか幼く見える。「いいけどよ」翔太郎は照れくさそうに新しいハンカチを受け取った。

「……なんだよ?」

 翔太郎を見つめたまま帰る気配のないを彼は見上げた。

「運命の人ってヤツを捜しに行かなくていいのか?」
「ここにいるもの」
「……は?」
「もう捜す必要はないってこの前言ったでしょう?」
「……いや、あれは手助けはいらないって意味かと……っていうか俺かよ!!」
「だからそう言ってるじゃない」

 デスクの反対側に回り込み、椅子に座ったままの翔太郎に視線を合わせては彼に顔を近づけた。その手はしっかりと、翔太郎の手を握っている。

「わたしたちの小指は赤い糸でがっしりと! 結ばれてるのよ」

 「やっと会えた」そう言って、は翔太郎の頬に口づけを落とした。

 “フウトマン”のハンカチは燃えてしまった。あの男の子のことをはずっと忘れていなかったけれど、あの男の子はそうではなかった。でもそれでもよかった。
 風のように軽やかに歩きながら、あの日2人が出会った公園の横をは通り過ぎて行った。

 嵐のように去って行ったに、翔太郎はただ呆然としていた。手元には新しいハンカチだけが残されている。てっきりは自分のことを諦めたと思っていたのに……これからのことを思うと寒気がしたが、それよりも黙って事の成り行きを見ていたフィリップとニヤニヤとこっちを見ている亜樹子だ。

「よかったね、翔太郎くん。美人の彼女ができて」
「彼女じゃねぇ!!」
「小指の赤い糸ってなんのことだい?」
「っていうか、あいつを助けたのは俺だけじゃないだろ! なんでフィリップじゃなくて俺なんだ!」
「僕は遠慮するよ」
「いいじゃない。お似合いだよ?」
「似合ってない!」
「そんなに拒否するなら、そのハンカチを突き返してそう言えばよかったじゃないか」
「そ、それは……」

 手に持っていたハンカチの箱を見つめ、翔太郎は乱暴に椅子に座り直した。「貧乏性なんだから」という亜樹子の言葉に「うるさい」と返し、雑な動作で箱を開ける。
 翔太郎がに渡したものとは違うデザインのハンカチがそこには入っていた。彼女に渡したのはわりと気に入っていたものだったが、まあこれも中々だ。嬉しそうなの笑顔を思い出し、翔太郎はガシガシと頭をかいた。

 そういえば、

 空箱とハンカチを机の上に放り出し、翔太郎は窓の方を見た。そういえば、昔出会った女の子にも自分はハンカチをあげた気がする。あの子には、好意を持ってだったが。

 公園で出会った泣いている女の子に「家まで送る」と言ってその手を取り、幼い翔太郎は夕暮れを女の子と2人で歩いていた。
 友達と遊んだ帰りにたまたま見かけたのだ。ひとりぼっちなのが気になって、近づいたら泣いていたからもっと気になった。だから声をかけたのだ。
 まだ目を伏せてはいたが、はっきりと見えた瞳は長い睫毛に縁取られている。クラスにもこんなかわいい子はいなかった。気恥ずかしさで早足になりたい気持ちと、もっとこの子と一緒にいたいという気持ちがせめぎ合って、翔太郎の歩調をゆっくりにしていた。
 その子の家に着く前に、心配したその子の母親に出会うまで、2人きりで歩いていたのだ。それは本当に短い距離だったと思う。

 お気に入りだったハンカチをあげたその女の子と会ったのはそれそれきりだった。

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