風の冷たい日のことでした。
びゅうびゅうと唸りながら吹く風は、ホグワーツの禁じられた森を、まるでそれが恐ろしい怪物であるかのようにうごめかせていました。
その日の授業を全て終えて部屋に戻ったは、鞄の中に羽ペンが入っていないことに気がついて、すぐに捜しに行こうと思いました。何しろは羽ペンをそれ1本しか持っていませんでしたし、羽ペンがなければ課題はもちろん、明日の授業を受けることだってままならないのです。
ところがそのの羽ペンを、同じ部屋のカロリーナとステファニーが届けてくれたので、はわざわざ遠い教室まで戻る必要がなくなりました。
いつもならそんなことはありません。は他のルームメイトとはほとんど話したことがありませんでしたから。
「ねぇ、」
2人はクスクスとあまり心地よくない笑い声で笑っておりました。はあんまり2人の顔が見たくなかったので、カロリーナの手に握られた、自分の羽ペンをじっと見つめていました。
「この羽ペン、返して欲しい?」
はちらりと視線を上げて、カロリーナを見ました。彼女の手でひらひらと動く羽ペンは、まるで生きているようです。は小さく頷きました。
「それなら、ねぇ、返してもいいけれど」
2人は楽しそうに話しますが、は何だか気分が悪くなってきて、胸がむかむかして、ぎゅっとその目を閉じました。
2人の条件はにとってひどく辛いもので、は頷くことを渋りましたが、2人はそんなに条件を押し付けるのです。は押しに弱いたちでした。
それに、羽ペンはその1本だけなのです。誰かに借りることだって、にはとてもできません。結局、渋々と頷く羽目になったしまったのでした。
それにしても、こんなことになるなんて。
は頭がくらくらしていました。目の前の男の子が、あまりにも素敵だからでしょうか。
シリウス・ブラックは怪訝な顔で、を見つめていました。はずっとシリウスのことが好きだったのですが、それをずっと隠し続けてきました。
ところがどうしてかカロリーナとステファニーがそのことに気づき、シリウスに告白をしてくるよう言ってきたのです。それが2人の羽ペンを返す条件でした。
「僕に用事って?」
はっきりとした声と口調でした。薄灰色の瞳が、真っ直ぐにを見つめておりました。
「わたし……」
は口篭り、そっと顔を伏せて、シリウスを見ないようにしました。その方が、幾分かましな気分だったのです。
「わたし、ずっとあなたが好きだったんです。それだけ、伝えたかったんです」
口早にそう言って、はすぐに踵を返そうとしましたが、どうしてか足が竦んでその場に突っ立っている羽目になってしまいました。
シリウスはしばらくじっとを見つめていました。「つまり、君は」考えながらシリウスは言いました。
「僕と付き合いたいってこと?」
は頬を真っ赤に染め、ますます顔を下に向けました。そんなことはないと、言いたいのに言えません。やっぱり羽ペンなんて諦めて、こんな条件を飲まなければよかった。は心底恥ずかしくて、心底そう思いました。
シリウスは、またしばらくを見つめていました。そして、唐突に、「いいよ、付き合おう」と答えました。
「えっ?」
驚いたは顔を上げ、はじめてシリウスの顔を真っ直ぐと見つめたのでした。
シリウスはそう思いました。
・の顔については、入学したばかりの頃から周りの陰口の対象で、シリウスももちろんその陰口を知っておりましたし、彼もまたそれに共感していたのです。
はまるで魚の鱗のようなぎらぎらとした銀色の髪と目をしていて、生白い顔の左側から首辺りまで、やはり魚の鱗のような痣でびっしりと覆われて、それが随分と気味が悪いのです。
その上は始終それを隠すように俯いて過ごしていたので、シリウスはのことが本当に暗い女だなあと思っていたのでした。
そんながまさか自分に告白してくるなんて。
シリウスは、そりゃあ顔が醜い子よりも綺麗な子のほうが好きでしたし、今までもそういう子とばかり付き合っていました。だからの告白に、最初は断ろうと思ったのですが、シリウスはそのとき付き合っている子がいませんでしたので、話のネタになるだろうと、そんな軽い気持ちで頷いたのでした。
はシリウスからそっと視線をはずし、窓の外をうかがいました。風はまだびゅうびゅうと吹いています。その音といったら、獣の唸り声のように恐ろしいのでした。