第二章
同調することによって安心する生き物の話

「あの人、本当はわたしのことを好きだなんて思っていないのよ……」

 かなしそうに呟いたの声が、暗い森の木々にさらわれていきました。は自分の腕に捕まった小柄なふくろうを、そっと空に放してやりました。
 そのふくろうはホグワーツに入学した時からが飼っているもので、名前はウィンラムといいましたが、いつもの話し相手は、このウィンラムくらいしかいないのでした。

 シリウスに告白して、もう数日がたっています。

 しかし、その間、は1度だってシリウスと恋人らしいことをしなかったし、隣を歩くどころか、会話だってろくにしなかったのです。彼はそれを望んでいないように、は思っていました。それにだって、彼の隣を歩くのに、自分ほどふさわしくない人間はいないだろうと思っておりました。
 地面に落ちた葉っぱでさえ、を避けるように飛んで行ってしまいます。ウィンラムがの周りをくるくる回って、主人を励ますように低く優しく鳴いていました。

 それからしばらく森沿いを散歩して、ふくろう小屋にウィンラムをかえしたは、真っ直ぐに城の方へと戻りました。もう、夕食の時間です。でもはあまり大広間で食事をすることが好きではなかったので、厨房で何か食べ物をもらってこようかしらと考えました。

「やあ」

 ふいに声をかけられ、はびっくりして振り返りました。同級生のリーマス・ルーピンが、疲れたような表情でそこに立っておりました。はどうしたらいいかわからず、ただ小さくこくりと頷いて、リーマスに返事をしたのでした。
 どうして急に声をかけてきたのでしょう。リーマスはシリウスの友人で、グリフィンドールの監督生でしたが、は彼と1度だって話したことがないのです。

「もしかして、大広間に行くところかい?」

 は首を横に振りました。リーマスはそれからちょっと何か考えるような顔をして、「シリウスがどこにいるか知っているかい?」とたずねました。は、知りませんでした。彼が普段どこで何をしているかなんて、には全く見当もつかないことなのです。だって、ほとんど話さないのですから。
 「そう、」と彼は少し残念そうに呟いて、それから「ありがとう」との元を通り過ぎていきました。リーマスは、シリウスを捜していたのかしら。はしばらく彼の後姿を見送っておりましたが、やがて何も考えず、厨房の方へと向かっていったのでした。

 パチパチと炎のはぜる暖炉の前で、シリウスは友人たちと楽しそうにお喋りをしておりました。そこに現れたリーマスに最初に気づいたのはピーターでしたが、すぐに声をかけたのはジェームズでした。

「遅いよ、ムーニー。もう夕食じゃないか」
「そうだね」

 リーマスは短く答え、それから真っ直ぐにシリウスを見ました。この頃彼を見るたびに、の顔が思い浮かぶのです。リーマスはさっきすれ違ったの、銀色の瞳を思い浮かべました。皆があの色を気味悪がるのに、リーマスだけはそうは思えませんでした。しかし、好きにもなれませんでした。

 あの忌まわしい月と同じ銀色を!

「君、たまにはと一緒に大広間に行ったりしないのかい?」

 シリウスは驚いたようにその薄灰色の目を丸くして、友人の青白い顔をマジマジと見つめました。彼は何と言ったのでしょう。あの陰気なと一緒に食事に行けだなんて。

「どうして僕が彼女と一緒に夕食を食べに行かないといけないんだい?」
「でも君たちは付き合ってるんだろう?」
「それはそうだけど」

 シリウスは言いました。

「本気なわけないだろう」
「だけどどっちにしたって付き合ってることには変わりないんだ」

 リーマスは何だか悔しくて、ぐっと奥歯を噛み締めました。独りきりだった。きっと厨房に行ったのでしょう。が進んだ方向には、そのくらいしかありません。きっと大広間で食事をすることが辛くって、彼女はいつもそうしているのでしょう。

「もう少し恋人らしく振舞ったらどうだい?」
「随分肩を持つな」

 シリウスは訝しげにリーマスを見ました。彼のこんな様子は珍しかったので、一瞬、シリウスは彼がのことを好きなのではないかと思ったほどでした。
 でもまさか、それはないだろうとシリウスは思いました。何しろあの、なのです。シリウスにとって、理由はそれだけで十分すぎるほどでした。

「彼女の姿を見て、まともに付き合えると思うのか?」
「それは彼女が人と違うってことかい?」
「そうさ」

 何でもなしに、シリウスは肩を竦めて、隣に座っていたジェームズと視線を合わせました。2人はとても似た表情をしていました。自分たちの言っていることの正しさを、少しも疑っていない表情でした。
 リーマスはたまりませんでした。苛立ちなのかかなしみなのかわからない感情が、胸の奥でぐるぐると回っています。この2人はなんて愚かなんだろう! そして少し前まで、リーマス自身もきっとそうだったのです。

「僕だって、人と違う」

 ぐっと何かを堪えた声で、リーマスは言いました。それ以上の言葉はありませんでした。「君と彼女は違うだろう?」きょとんとした声でジェームズがそう言ったのを、リーマスは聞かないままに、たった1人で談話室を後にしたのでした。

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