#2

 刑務所の周りだからなのか、時々街灯が音を立てる以外はひどく静かな夜だった。車内で機械に囲まれながら、ロシアの夜だからかもしれないとは勝手な印象を抱いていた。

「医療チームと一緒の仕事は初めてだ」

 パソコンに向かいながらひそひそと話しかけてきたのはIMFの諜報員、ベンジー・ダンだった。彼が元々技術班の人間だったとは知っていたが、現場に出ていたことは知らなかったから一緒になったのには少し驚いた。
 でもやっぱり現場でも機械をいじっている。現場の諜報員は基本的に何でもできるが、やはり自然と役割分担ができていて、それぞれの得意分野を担当していた。

「上からの指示がないと現場に出ないんだろ?」
「長官に言われたの」

はそっけなく言った。

「イーサン・ハントを脱獄させたらすぐに彼の健康状態を確認してほしいって……きっとすぐに次の任務につけたいのね」
「現場のエージェントってそんなもんさ」

 IMFの人間ならその名を知らない人間はいないくらいイーサン・ハントは優秀な諜報員だった―― この数年は姿を見なかったが。
 それが何故かロシアの刑務所に服役中で、このチームの任務は彼を脱獄させることだった。
 数日前に医療班から誰か派遣してくれという依頼があり、他の仕事で手いっぱいだったにも関わらずは立候補したのだ。

 働きすぎだと、ジーナに口うるさく言われるようになってどのくらいたつだろう。はそれを考えようとしてやめた。自覚がないわけじゃない。
 色々と忘れたくて、必要以上に仕事をしている。今回も医療班の誰かに、という依頼だったのにも関わらずが立候補したのだ。婚約が破棄になって随分たったように思えるが、今でもはあの日の重い荷物を引きずっていた。

 ベンジーがパソコンを操作する音が車内に響いた。過激な作戦だ。「“お友達”もだしてやろう」と呟くベンジーから視線をそらし、別のモニターをはぼんやりと眺めることにした。

 イーサンの予定外の行動はあったものの、救出任務は無事に完了した。彼が連れだしたロシア人のために“片付け屋”を呼び、何事もなかったかのようにチームを乗せた車はモスクワを走る。

「君は?」

 チームの中で唯一自己紹介をしていなかったから簡単な健康診断を受けながら、イーサンは尋ねた。

よ。医療チーム。脱獄したあなたの状態を診るために呼ばれたの」
「僕の?」

 イーサンの質問はベンジーからの問いかけによって遮られた。は気にも留めずに使った道具を手早く片付け、代わりに取り出した麻酔薬をジェーンに渡した。

「本人よ」

 さりげなくそう付け足す。「セルゲイじゃないのか?」ロシア人がそう英語で言うのが聞こえた。

 “片付け屋”にロシア男を回収してもらい、チームはいよいよ本題に入った。何故、イーサンをわざわざ脱獄させたのか。

「そういう任務よ」

 イーサンに問われ、戸惑いながらもジェーンが答えるのをは見つめていた。任務については基本的に守秘義務がある。それ以上が言えないということは、別の任務が絡んでいるのだろう。
 それを聞いていいのかわからなかったから、は聞こえないフリをした。

「なるほど……つまり、指令を出したのは長官だ。だから普通なら現場に出ない医療班まで派遣されてる。余程の事態ってことだ」

 案の定、イーサンが問い詰める姿勢を見せた。答えざるを得ない状況に。

「……ファイルを、盗まれたの」

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