#6

 ことあるごとにジーナはブラントの前に現れた。そして射殺すような目つきでブラントを睨みつけるのだ。今のように。

「あなたのせいよ、分析官」

 はっきりとした口調でジーナは言った。

は仕事をしすぎてる。そりゃあ、前から仕事中毒なところはあったけど最近は本当に見ていられないわ」
「……僕のせいだって?」

 努めて何でもないようにブラントは言った。そんなこと、わかりきっていた。

「そう言ってるでしょう」
「だからって僕がどうこう言える立場じゃない。彼女だって大人なんだ。自分の管理くらい――
「本気で言ってるの? それともわかってないふり? どっちにしても最低よ」

 怒りで震える声にブラントは押し黙った。どうしろと言うのだ。

 ある夫婦の護衛の任務でしくじりブラントの生活は一変した。それまで勤めていた現場を退き、新しく分析官になった。しばらくはうまく立ち直れず、人間関係も悪化していた。

 それでも護衛任務からしばらくたち、ブラントはやっと以前の日常に戻りつつあった。しかし、は違うのだ。重い荷物を抱えて途方に暮れたままだった。そんなことは知っている。

 言いたいことを言って去って行ったジーナの背中を見送らないまま、ブラントは顔を伏せた。

 ドバイに向かう飛行機の中で、ブラントはさりげなくの隣に座った。彼女が眉をひそめたのには気づかないフリをして。嫌われているのはわかっている。
 あの護衛任務の後、責められるのを覚悟していたのに彼女はそれをしなかった。ただ徹底的にブラントを無視し、仕事に明け暮れる日々だった。見ている方が心配になるほど。

 眠っているのだろうか。目を閉じた彼女の横顔を盗み見るとはっきりと疲れが表れていた。手を伸ばしたい衝動に駆られる中、その首に細いシルバーのチェーンがあるのを見つけたブラントはハッとして顔をしかめた。
 そのチェーンに何がついているか知っている。失われた幸福だ。自分が奪った。

「……眠らないの?」
「起きていたのか」

 その時ささやく声が聞こえ、ブラントは気まずそうに体を動かした。

「眠れないんだ」
「久々の現場だから?」

 だけは現場の諜報員だったことを知っている。

「僕のことを話さなかったな」
「話して欲しかったの?」
「いや―― ……」
「あなたこそどうしてこの任務に参加することにしたの?」
「巻き込まれた以上、国には戻れない―― 長官も亡くなったんだ。それに、人手は多い方がいいだろう……」

 イーサンだって……最後の言葉を飲み込んで、ブラントは瞳を伏せた。

「バレるわ」
「そうならないように手伝うだけだ」

 に視線を戻すと、彼女はしっかりと目を開け、そのヘーゼルの瞳にブラントを映していた。

「君は」

 その視線に少しドキリとしながら、ブラントは自分の灰色のそれでを見つめ返した。

「医療チームだ。どうして君こそ帰らなかった?」

 は答えなかった。「もう休みましょう」と小さく告げ、ブラントに背中を向けてしまった。

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