#8

「もし落ちたら――

 遠巻きに窓の外を見ながらは言った。

「努力するわ」

 イーサンが世界一高いビルの外壁を登る羽目になったことを除けば、緊迫しながらも順調に行っていた。
 モローとウィストロムを別々の部屋に入れそれぞれの偽物―― ジェーン、イーサン、ブラントだ―― が相手をする。はベンジーと部屋に残り、監視カメラをチェックしながら全てが無事に終わるのを祈っていた。

「あー、こんな時にする話じゃないかもしれないけど」

 イーサンたちにダイヤを届け終えて部屋に戻ったベンジーは変装を脱ぎながら不意に口を開いた。

「何?」
「ブラントと何かあった?」

 ベンジーの代わりに監視カメラをチェックしていたは思わず顔をあげ顔を顰めた。

「何?」
「こう言っちゃなんだけどって俺たちにも慣れてないよな―― 慣れない現場で緊張しているんだろうけどさ。でもブラントに対してはもっとあからさまな態度をとってると思って」

 おそらくイーサンにもそう思われているのだろうとは内心頭を抱えた。
 ぎこちない態度になっている自覚はあった。でも指摘されるほどだったなんて。

「着替え終わったなら代わって」

 返す言葉を探すと余計なことを考えてしまう。はベンジーの言葉を無視して立ち上がった。

『ウィストロムがコードを持って出て行ったわ』

 問い詰めようとしたベンジーの言葉はジェーンの声によって遮られ、ハッとしても耳に手を当てた。

『モローが動いた!』

 次に聞こえたイーサンの声と、ジェーンがそれを追ったという知らせには嫌な予感を覚えたがそれは今自分がするべきことではないのだ。

「ウィストロムがエレベーターに―― レオニドの姿がない」
『ベンジー、足止めしろ』
「わたしはレオニドを」
『僕がウィストロムを追う! エレベーターをよこせ』

 誰かの返事を聞く前には部屋を出た。

 レオニドはすぐに見つかった。エレベーターの前に彼は倒れていた。その胸は真っ赤に染まっている。

「何てことを……!」

 虫の息だ。

!」
「ブラント! レオニドが――

 駆け付けたブラントに一瞬だけ視線を向け、は銃で撃たれたレオニドの傷に向かった。

「ベンジー! ブラントだ。レオニドが撃たれてる――
「ブラント、声をかけて。大丈夫よ―― わたしが助ける。しっかりして」

 の手はすぐに真っ赤に染まった。こういう場面は何度出くわしても慣れるものではない。死の場面だ。は唇を噛んだ。
 新しい銃声が聞こえても、彼女は顔をあげなかった。「行って!」ただそう唸った。

「行って! ジェーンたちだわ。ここはわたしに任せて――

 ブラントの声は聞こえなかったが、彼が去り際に肩をしっかりと掴んだ感触がした。
 冷たい汗が全身を覆う中で、そこだけが温かかった。

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