重苦しい空気が隠れ家を包んでいた。
レオニドは助けられなかった。モローも死んだ。イーサンはウィストロムを―― ウィストロムに変装したヘンドリクスをあと一歩のところで逃がした。八方ふさがりだ。
疲れきって埃をかぶったソファに深く腰掛け、は洗ったばかりの手で顔を覆っていた。
ブラントとジェーンがいさかいをする声だけが響いている。ジェーンはモローを殺してしまった。心配した通りのことが起きたのだ。
洗った手からはまだ血の臭いがするようで、はますます気分が滅入ってくるのを感じていた。
「二人ともやめて。今そんなことを言い合っても何にもならないわ」
それでも二人の矛先がベンジーに向き、はため息交じりに口を開いた。
誰のせいでもないのだ。悪条件とミスが重なり今回の失敗に繋がってしまっただけ。しかしその失敗があまりにも大きすぎるために、誰もが行き場のない苛立ちをぶつけ合ってしまっている。
「レオニドも死んだしな」
珍しく辛辣なブラントをはさすがに不快に思った。
「できる限りをしたわ。あそこがちゃんとした病院だって彼が助かったかわからないのよ?」
「それなら何か手掛かりを聞き出すべきだった。死ぬ前に! 君は医療チームの人間だが今は現場に出ているんだ! 君もベンジーもここにいる以上は現場の人間だ」
「それで? 君はただの分析官か?」
バスルームが開く音には視線を動かした。イーサンの言葉に胸がざわりと騒ぐ。
彼は何て言った?
「だよな?」
そのヘーゼルの鋭い視線は他でもないブラントに向けられている。疑いの色を持って。
ブラントは戸惑ってイーサンを見上げていたが、の表情は逆に強張っていた。
「本当は何者なんだ?」
「何を言ってるんだ?」
「何を言ってるかって? 聞き方を変えようか―― 」
イーサンが銃を取り出した。は思わず顔を伏せたが、何が起きたのかはっきりわかった。
それはもう習性なのだ。体に染みついていて、反射的に動いてしまう。
ブラントはイーサンの銃を奪い、それをイーサンに向けた。その動きは決して“ただの”分析官の物ではなかった。
「これほどの腕を持ったエージェントがどうして分析官なんてやってるんだ?」
「イーサン、彼は」
それもまた、反射だった。
咄嗟には口を開いていた。「!!」返ってきた言葉は厳しい怒りを含んだ声で、は思わず肩を揺らした。
「余計なことをしないでくれ! 君は関係ないんだ!!」
かち合った視線に、は硬く口を結ぶことしかできなかった。関係ない―― そう、関係ないのだ。何も。
ブラントが「しまった」という顔をしたのが見えた気がしたが、は耐えられなくてバスルームに駆け込んだ。
イーサンからの視線を感じながら、ブラントは固く閉まったバスルームの扉を見つめていた。思わず口をついた言葉に動揺したのは彼自身だった。
それを誤魔化すように銃から弾丸をぬき、ブラントはイーサンに向き直った。
「誰にでも秘密はある―― そうだろ?」
「打ちあけっこするか?」
ブラントは言葉を飲み込んだ。は泣いている。それも何もかも自分のせいだ。だが今はまだ言うことができない。その勇気は、ない―― 。