新しい連絡が入り動く前に、イーサンはバスルームの扉を開いた。うずくまったのブルネットが見える。声も立てずに泣いているのだと、イーサンは気づいた。
「」
彼女のそばに膝をつき、そっと肩に手を乗せる。の顔は思った通り濡れていた。
「イーサン、彼を疑っているのね」
「こんな状況でどうして隠す必要がある?」
「今は本当にただの分析官なの―― 現場はやめたの」
「君はそれを知っていた」
の瞳からまた新しい涙があふれた。
「それで、余計なことを言ったわ……関係ないのに」
は、
何が彼女を傷つけたのかイーサンは気づいていた。は彼を愛している。
「彼を責めないで……」
頷くことはできなかったが、代わりに頬についた涙の後を拭いた。
「君は……どうして知ってたんだ?」
「……わたし、」
「婚約者がいたの」ほとんど聞こえない声では言った。
「現場の諜報員で―― でもある任務に失敗して……彼は現場をやめて、婚約も……。わたしを幸せにできないからって言っていた……何も言えなくて、彼が―― 傷ついていたから」
震える口元を隠すようには俯いた。イーサンは何も言わなかった。彼女は名前を言わなかったが、その婚約者が誰なのかわかっていた。
「出かけてくる。待機していてくれ」
イーサンが独りで行き先も告げずに出て行った後も、はバスルームから出てこなかった。
「エージェントだったのね?」
ジェーンは鋭くブラントに尋ねた。グラスに注いだアルコールを見つめるブラントの表情は暗い。しかしそれは肯定を意味していた。
「そうだ―― 」
「何で分析官なんか?」
氷の音で誤魔化しながら、ブラントは息をついた。
「クロアチアである任務についた……。ある夫婦の護衛の任務だ。対象に気付かれないようにする―― 簡単な仕事だった。三日目にセルビアの暗殺部隊が夫婦を狙っているという情報が入って、チームは万全の態勢でそれに備えた。僕は―― 」
今でもその感覚を思い出す。
「嫌な予感がしてそのことを夫婦に知らせた方がいいんじゃないかと思った。だけど命令違反だ。知らせられるわけがない」
そして、結果として部下と護衛対象の妻は死に、夫は行方不明になった。真っ赤に染まった現場と、わずかに残された妻の遺体の一部だけがその任務の結果だった。
「耐えられなかった……」
それまでにも何度か経験はしていた。人の生死に直面する事態に。しかしそれは銃の使い方のようにはブラントには馴染まなかった。
「僕は現場を退いた」
「……それで、夫の方はどうなったの?」
「それきりだ。二日前にモスクワで、イーサン・ハントと会うまではね」
公にはイーサンは妻から別れを切り出されたということになっているのは知っていた。ベンジーたちがそう信じていてもおかしくはない。
しかし、ブラントが経験したことは紛れもない事実なのだ。
「イーサンに話そうかずっと迷っていたよ……奥さんが死んだのは……僕の責任だって」
あの時、任務に背いて警告していたら、結果は違っていたかもしれない。
も、
「もしかしての婚約者もその任務にいたの?」
「それで、ブラントのこと?」
ブラントは思わず言葉を飲み込んだ。婚約者がいたと、はジェーンに話していたのか。
グラスの中の物を飲み干す気にはなれず、ブラントはゆっくりとグラスを置いた。
「僕だ……」
任務の結果が違っていたら、を傷つけることもなかった。
「え?」
こうして泣かせることも。
「僕が婚約者だったんだ」