ゆっくりと開いた扉に、は少しだけ顔をあげた。ジェーンだと思ったのだ。
しかし気まずそうに立っていたのは他でもないブラントだった。
「……」
そっと呼ばれた自分の名前に、はまた涙をこぼした。
「ウィル、ごめんなさい……わたし、ただ、あなたが……」
近づいたブラントの瞳を見つめ、は震える声で言った。ただ、ブラントが心配だったのだ。
「悪いのは僕だ。関係ないなんて―― 言うつもりはなかった。思ってもないよ」
髪を撫でる手は今も変わらず優しい。
「愛してるの」
ただ違うことはその言葉に困った表情をすることだけだ。
「どうして婚約を解消したの?」
ジェーンの声は厳しさを増した。
「のことは関係ないじゃない。あなたのことが忘れられないから彼女、仕事ばかりしているんでしょう?」
「そうなの?」
ベンジーの言葉を無視し、ジェーンは鋭くブラントを睨んだ。
「あなたのこと、まだ愛してるのよ」
「婚約を解消したのは彼女のためだ。他の夫婦の幸せを壊して自分が幸せになるなんて―― ましてやそんなこと考えている男の傍じゃは幸せになれない」
「でも今の彼女は幸せじゃないわ」
「僕にどうしろって言うんだ」
「まだ愛してるんでしょう?」
愛してる―― 愛していないはずがなかった。そうでなければこんな風に他人の幸せを考えることはなかった。
ジェーンの問いに押し黙ったブラントはジーナの鋭い視線を思い出していた。ジーナは口にしなかったが、同じように思っていたのだろう。
「答えないってことはyesってことね」
「……君には関係ないだろう」
ブラントは静かに言った。
「僕とのプライベートの問題なんだ」
そう言えばそれ以上誰も何も聞けないことはわかっていた。
「でも今、は泣いてるのよ」
それもわかっていた。
ブラントは何か言おうとする代わりに空気を飲み込み、「様子を見てくる」とだけ告げてがいるバスルームに向かったのだった。
返事の代わりにブラントはそっとを抱きしめた。
変わらない感覚だった。は少し痩せたような気もするが。
「ごめんなさい……わたし、」
そっと体を離しながら謝るを遮るようにブラントは彼女の頬についた涙の跡を拭いた。つられて上げられたヘーゼルの瞳にブラントは自分が映っているのを見た。もまた、灰色の瞳が優しく自分を見つめているのに気付いていた。
「ウィル」
「……顔を洗ってくるんだ。待ってるから」
それ以上の距離を縮められない。できるのはいつもよりゆっくりと立ち上がることだけだった。