「行くぜ、フィリップ」

 ガイダンスボイスが2つのメモリの名前を告げ、左翔太郎はWへと変身した。
 目の前にはガイアメモリを使って怪物の姿になった人間がいる。怪物に襲われた人の家族の依頼で、翔太郎と彼の相棒であるフィリップはその怪物を見つけ出し、追い詰めたのだった。
 逆恨みからメモリに手を出し、罪のない人々を襲っていた―― 同情の余地もなく、まだメモリを使用し始めてすぐの相手だったこともあり、Wは一気に敵を倒し、メモリブレイクを果たした。

 そしてその様子を、はしっかりと見物していた。

「あれが、仮面ライダー」

 非対称の姿を持つ異形の戦士は、怪物―― ドーパントと同じくガイアメモリで変身しているものとは思えない。そしてその実力は、相手のドーパントが弱すぎたことを差し引いても中々のものだと彼女は分析した。

「さすがは風都のヒーローといったところかしら」

 その声が風に舞った。

第 2 話 もう一人のJ/攫われた翔太郎

 Wに変身したままの翔太郎と彼と一心同体になっているフィリップは目の前に現れた女を怪訝そうに見つめた。

「あなたが仮面ライダーね。噂は聞いているわ」

 色気のある笑みとはどこか不釣り合いな声が告げた。

「誰だ……あんた……?」

 はWの姿を確認するようにゆっくりと彼の周りをまわった。ドーパントとは違うメモリの怪人。あの姉に苦汁をなめさせている相手。

「組織の邪魔を色々としているみたいだから興味があったのだけど、中々おもしろいメモリを使っているのね」
『まさか組織の……?』

 Wの目の前に立ち、は不思議そうに彼を見上げた。最初の声と違う声が聞こえた気がする。

「組織は関係ないわ。わたしは自由に生きているの。もっとも――

 嫌な風が吹き、翔太郎は咄嗟にの腕を引いた。
 突然どこからか放たれた攻撃が、の立っていた場所の地面を溶かしていた。顔を上げると、新たなドーパントがそこに立っている。まるで食虫植物を思わせるような外見は見る者を不快にさせた。

「またかよ……!」

 今しがた解決したばかりの事件以外、ドーパント犯罪の噂は聞かなかったが。翔太郎は舌打ちをした。しかも明らかにを狙っている。

「おい、あんた! あのドーパントに見覚えは!?」

 腕の中のは呆然と翔太郎を見上げていた。心ここにあらずだ。その間にも植物のドーパントは次の攻撃を構えている。
 “トリガー”というガイダンスボイスが響き、Wの左半分がブルーに変わる。その手に現れたトリガーマグナムを瞬時に構え、ドーパントの攻撃を全て撃ち落とした。

 攻撃による煙が晴れると、ドーパントの姿は消えている。やれやれと翔太郎は腕の中にいるを放したが、なぜか彼女はWの腕をがっしりと掴んだ。

「見つけた……」
「は?」
「わたしを助けてくれたのね……あなただったのね!」

 花の咲くような笑顔は翔太郎を動揺させるのに十分だった。怪しい女だったが、よく見たら美人だ。笑った顔は風都のアイドル、園咲若菜にどこか似ている気もする。

「まあ、ドーパントに襲われてる人を放っておけないだろ」

 できる限りカッコつけてそう言う翔太郎に、彼と一緒にWに変身したままのフィリップは物言いたげな雰囲気だった。
 翔太郎が美人に弱いのはわかりきっている。フィリップとしても園咲若菜に似た笑顔に興味がないでもなかったが、それ以前に明らかに組織と関わりがありそうな人間に鼻の下を伸ばすのはどうかと思った。
 しかし、彼女がWに変身しているのが1人だと思っている以上、余計な口出しをして自分の存在をほのめかすわけにはいかない。

「それであんたは一体――

 『わかってるよね? 翔太郎―― 』頭に直接響いたフィリップの声に、翔太郎は気を取り直して少女のような瞳で自分を見上げると向き合った。

「翔太郎くん!」

 しかしその問いを別の高い声が遮ってしまった。忘れていた―― 現場には亜樹子もいたのだ。翔太郎が働く鳴海探偵事務所の所長である亜樹子は、翔太郎の忠告も聞かずにこうしてしばしば現場に赴く。さすがに、戦闘中はどこかに隠れていたようだが。

「事件解決と思ったら何!? あのドーパント! あたし、聞いてない!!」
「亜樹子、今それどころじゃ――

 疲れたような翔太郎の声に、亜樹子はWの腕をしっかり掴む女性を見た。かなりの美人だ。しかしその切れ長の瞳が亜樹子を捕らえたかと思うと、見る見るその表情は険しくなった。

「誰……この女……?」

 凍てつくような声だった。

 Wの腕を掴んでいた手が離れ、射殺すようには亜樹子を見た。亜樹子が思わずWの背後に隠れると、のまとう雰囲気はますます冷たくなる。

「こ、こちらの方は……?」
「今それを聞こうとしてたんだろうが……!」
「こんな妙な女と一緒にいるなんて許せない……」
「はっ?」

 低い声に振り返り、Wも亜樹子も目を見開いた。
 の手に握られた薔薇色のメモリ―― そして、腰に巻かれたドライバー。

『やっぱり組織の……!』

 ガイダンスボイスが“ジェラシー”とメモリの名を告げる。の体は神話の怪物、ゴーゴンを思わせる異形の姿へと変化した。
 刹那、その手から光弾が放たれ翔太郎は咄嗟に亜樹子を突き飛ばした。もろに受けた攻撃は恐ろしく強力だ。まずい……翔太郎もフィリップも同時に思った。

「メモリチェンジだ―― !!」

 真っ赤な光がWを覆った。

 途切れた翔太郎の声に、フィリップは飛び起きた。見覚えのあるガレージ。変身が強制解除されたのだ。間違いなく、最後の攻撃で。こうなってしまっては、翔太郎や亜樹子がどうなったのか彼に知る術はない。できることは、何も――
 そんな焦りが通じたのか、スタッグフォンが着信を告げた。聞こえてきた亜樹子の声に無事だったのかとほっとしたのも束の間、フィリップはその表情を強張らせた。

「翔太郎くんが攫われちゃったの!!」

 フィリップにできることは、ガレージを飛び出すことだけだった。

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