空調が動く音がゆっくりとその場所を満たしていた。
 どうやら地下室らしいと、目を覚ましたばかりの翔太郎はまだうまく働かない思考と視界でそれを判断した。
 徐々にはっきりとしていく視界に、複数のコンピューターとよくわからない実験器具が現れる。電源がついている画面にはどうやらガイアメモリのデータが映っているらしかった。

 立ち上がろうとして初めて、翔太郎は自分が椅子に縛り付けられていることに気が付いた。しかもご丁寧にその椅子も動かないように固定されている。

「目が覚めた?」

 ゆったりとした声に振り返ると、自分を襲った女がそこに立っていた。その手にWのドライバーを持って。

第 3 話 Fとの邂逅/運命の王子様

「ここはどこだ?」

 翔太郎の問いに大して興味を抱く様子もなく、は興味深そうにドライバーを見つめていた。

「あんた、ドライバーを使ってドーパントになっていたな……組織の人間か?」
「あなたもドライバーを持っているのね。それも、こんなに変わったドライバーを」
「狙いはフィリップか?」

 手に持っていたドライバーを傍の机に置き、は首を傾げて翔太郎を見た。「フィリップ?」繰り返した言葉に、しらを切っている様子はない。

「何の話? それに、ドライバーを持っているからって組織の人間とは限らないわ」
「じゃあ、何の目的でこんな――
「あなたと2人きりになるために決まっているでしょう?」
「……は?」
「あなたはわたしの運命の人なんだから」

 翔太郎の前に膝をつき、綺麗に手入れされた爪のついた手をは彼の太ももに置いた。その顔の距離の近さに、翔太郎は思わずつばを飲み込んだ。相手は敵……かもしれない女だが、美人は美人だ。翔太郎には縁がないくらいの。

「ずっとあなたを探していたの」
「何わけのわからないこと――
「わからない? わたしたち、赤い糸で結ばれているのが」

 おそろしいくらい目が真剣だ。翔太郎はさっきとは別の理由でつばを飲み込んだ。逃げ出したい。この女はヤバいと直感が告げている。

「きっとまたわたしを助けてくれると思ってた―― 運命の人が。そしてあなたが現れて、わたしのことを助けてくれた」
「あ、あの状況なら誰だって助けるだろ!」
「あなたが持っていた変わったドライバーと変わったメモリにも興味があるけれど、それ以上にあなたの方がわたしにとって重要なの」

 細い指が翔太郎のベストに伸び、その内ポケットにある3本のメモリを抜き取った。

「だから今はこんなもの、わたしたちにはいらないでしょう?」
「お前……!」
「それに変身されても厄介だもの。ちょうどいいわ」

 メモリを1つ1つマジマジと見つめながらドライバーの傍に置くを翔太郎は睨みつけた。

「すぐに俺の相棒が助けに来る。そうすれば――
「相棒?」

 ジョーカーメモリを手に、は振り返った。

「さっき言っていた“フィリップ”のこと? 相棒、ね」

 しまったと思っても、一度口に出してしまった言葉を戻すことはできない。翔太郎は自分の失言を呪った。これは確実に火に油を注いでしまった――

「アキちゃん!」
「フィリップくん!」

 戦闘があった現場に取り残されたハードボイルダーの元で、オロオロとフィリップを待っていた亜樹子は、彼の姿が見えるとすぐに駆け寄った。まさかの事態だ。翔太郎が攫われるなんて。

「翔太郎と、あの女性は……?」
「わかんない……あの女の攻撃で爆発して、翔太郎くんは気絶しちゃってたみたいだし、あたしも吹っ飛ばされて……翔太郎くんが連れていかれるのは見たんだけど……」

 亜樹子もその後しばらく気を失っていたのだ。フィリップは考え込むように口元に手を当てた。居場所を突き止め、翔太郎を助けに行かなければ。問題は多いがこのままにしておけない。

「なんとかキーワードを探して、翔太郎の居場所を検索しよう――
「あ! それなら心配しないで!」

 亜樹子は表情を明るくし、メモリガジェットを取り出した。

「翔太郎くんに発信器を付けておいたの!」

 スパイダーショックは亜樹子がつけたというマーカーの位置を教えてくれる。「さすがアキちゃん!」感心しながらも、フィリップは無意識にほっとしていた。キーワードを探す手間が省ける。あとは、

「翔太郎を助けに行ってくるよ」
「あたしも行く!」
「だけど危険だ」

 ヘルメットを手に取って、フィリップは真っ直ぐに亜樹子を見つめた。

「翔太郎が捕まっていて身動きが取れない状態だとしたら、僕は変身できない」
「えっ? でもファングが――
「ドライバーは翔太郎が持っている……」
「で、でも、だとしたら余計にフィリップくんを1人で敵のところに行かせらんないよ!フィリップくん狙われてるんでしょ? 翔太郎くんは攫われちゃったけど、フィリップくんは守らなきゃ! あたしが!」
「アキちゃん……」
「1人で行くより、2人で行った方がいいって! 2人で翔太郎くんのこと、助けようよ」

 重ねられた亜樹子の手は温かい。フィリップは頷いた。

「だけど、無茶はしないって約束してくれるかい? 相手は強力なドーパントだ」
「約束する! フィリップくんも、無茶はしないこと!」
「わかってる。行こう、アキちゃん」

 ヘルメットを手渡し、フィリップはハードボイルダーにまたがった。亜樹子が後ろに乗り、自分にしっかり捕まったのを確認してからエンジンをかける。2人を乗せたエンジン音が、翔太郎の元へ駆け出して行った。

 その音を、

 その音の軌跡を、じっと男は見つめていた。左右対称の、異形の姿。を襲ったドーパントがやがてその跡を追うように立ち去って行った。

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