第五章
この世にあるいくつものかなしみの、
ある一つ

 ジェームズ・ポッターたら最低だわと、リリーはいつも以上に思っておりました。あんな酷いことを言うなんて。そういう人がいるから、は誰とも仲良くなろうとしないのです。

 談話室の一角で、リリーが心の中では綺麗だと思っている銀色が、小さく揺れ動いているのを見つけました。リリーはちょっと考えて、それからそっとその銀色の傍に歩み寄りました。は、肘掛け椅子に深く腰掛け、さらりさらりとページをめくりながら、古ぼけた本を読んでおりました。

 控えめにリリーが声をかけますと、はハッとして顔をあげて、その銀色の大きな瞳でリリーのことを見上げました。

「読書の邪魔をしてごめんなさい」

 大丈夫というように、は小さく首を振りました。その瞳は不思議そうに、リリーの方へ向けられたままです。リリーはちょっとためらって、それから口を開きました。

「今度、ホグズミード週末ね」

 は何も言いません。

「もしよかったら、わたしと一緒に行かない?」
「えっ?」

 はとても驚いて、瞬きを大きく1回して、まじまじとリリーを見つめました。リリーはなんて言ったのかしら? そんなこと、確認しなくてもわかっています。リリーはいつだって、ホグズミード週末があるたびに、を誘ってくれるのですから。

「ごめんなさい」

 寂しそうに眉を顰めて、は小さく項垂れました。リリーの誘いは、嬉しいのです。

「予定があるの?」

 「もう誰かと約束したの?」リリーはそうたずねながら、頭の中でシリウスのことを思い出していました。シリウスがちょっとでも甲斐性を見せていたら……が彼女だとわかっていたら、そんなこともあるかもしれません。
でも、は「いいえ」と言いました。

「ただ、その……人ごみが苦手なの。だから……」

 ああ、そんなの嘘に決まっているのです! リリーはがいつもそう言うことをちゃんとわかっていました。本当に人ごみが苦手でも、がホグズミードに行かないのは、それだけが理由ではないことも。

「そう、なの。それなら、また今度一緒に行きましょう?」

 リリーもいつもこう言います。は曖昧に微笑んだだけでした。いつだってそうです。

 かわいそうな

 いつだって、は自分がいじめられていることをちゃんとわかっているのです。だから、自分と一緒にホグズミードなんか行ったら、リリーにも迷惑がかかる気がしてしまうのです。それなのに、リリーの誘いにどうして頷けるでしょうか。たとえどんなに嬉しくたって!
 は泣きたい気分でした。リリーとホグズミードに行けたならどんなに素晴らしいか、本当はわかっているのです。

 の元から去って行ったリリーもまた、泣きたい気分でした。

 または断ってしまった! 一体今まで、何回はリリーの誘いを断ったのでしょう。それもいつも同じ理由で。
 気晴らしに読書用の本を抱えて大広間に行ったリリーの目に、見覚えのある黒い髪が飛び込んできました。シリウス・ブラックです。リリーはさっき、が誰ともホグズミード行きを約束していないと言ったことと、彼がの恋人であるということを同時に思い出してしまいました。

 恋人なのに、彼はをデートに誘おうともしていないのです。それはリリーにとって、ひどく腹の立つことでした。

「シリウス・ブラック!」

 ぐっと怒りを抑えた声で、リリーはシリウスの名前を呼びました。シリウスは読んでいた本から視線を上げて、ちょっと嫌そうにリリーを見ました。
 シリウスにとってリリー・エバンズという女子生徒は、いたずらのことを口うるさく注意する、うるさい女に過ぎませんでした。

「何だよ」

 しかし今日のリリーは、怒っているのか泣いているのか、よくわからない顔をしています。

「あなた、どうしてをホグズミードに誘わないの?」
「何?」

 シリウスは思わず聞き返しました。誰が、誰を、ホグズミードに誘わないかって?

「あなたたち、付き合っているんでしょう」
「僕らがデートしようがしまいが、それがエバンズに関係あるのか?」

 バタンと本を閉じて、シリウスは勢いよく立ち上がりました。どうしてか、口の中がとても苦く感じられました。

はいつだって週末を独りで過ごすのよ。わたしがホグズミードに誘っても!」

 ああ、リリー・エバンズは怒っているのではない。泣いているのだと、シリウスはぼんやり思いました。

「あの子は……いじめられているのは自分なのに、わたしのことを心配するのよ。自分に声をかけたせいで、わたしが何か言われるんじゃないかって!」

 「こんなかなしいことがあるかしら!」リリーは叫ぶように言いました。きっとないに違いないと、シリウスは心のどこかで思ったのでした。

back/close/next