規則正しく汽車が線路を踏む音だけが響いている。リリーは少し息を吐いた。
あの日から、とルナは自分の一番の親友だった。他にも仲のいい子はいたけれど、ルナ以上に周りをよく見ている子はいなかったし、以上に他人の気持ちを思いやれる子はいなかったと思う。
は優しい子だった。それはリリーもルナも、シリウスも知っていることだった。そんながどうして自身の大切な人を裏切るというのだろうか。
それに、は誰よりシリウスを愛してた。
リリーがそれを知ったのは、1年生のときだった。ホグワーツに入学した日、寮に行く途中ではぐれてしまったをシリウスが迎えに来てくれてから、はシリウスが好きだったのだと言っていた。
あの頃、リリーはシリウスが大嫌いだったから内心おもしろくはなかったけれど、シリウスを視線で追うがとても幸せそうだったから、何も言えなかったのを覚えている。
それからずっとはシリウスを想い続けていた。シリウスに恋人ができるようになってからも、ずっと。ただ、その頃のの視線はどこか悲しげだったけれど。
月の光に似た銀色に影が落ち、そっと俯いたの悲しそうな横顔が、リリーの脳裏にフラッシュのように瞬いた。
リリーはハッとした。何だか唐突に、が自分に対してそういう表情をしているような気がした。
「ねぇ、ルナ」
リリーは何かを振り払うように口を開き、窓の外から親友へと視線を移した。ルナも同じようにして、リリーの方を向く。その空を切り取ったような瞳に自分の姿を見つけて、リリーは少し気持ちが落ち着いた。
「わたしたちが仲良くなったきっかけのこと、覚えてる?」
「それは」
リリーの言いたいことを探るようにルナは眉をちょっと寄せたが、いつもと変わらない口調で答えてくれた。
「もちろん覚えてるよ。リリーがシリウスにやきもち妬いたのがきっかけだったよね」
それはどこか楽しげなリズムだった。
脳裏に浮かんだの横顔が音もなく消える。リリーはそれにひどく安心した気分になった。そしてどこか心の奥が温かくなるような気もした。
押し黙ったままルナと暗い気分に浸っていたら、の横顔は消えなかった気がする。は優しい子だった。もし、ここで自分たち2人が落ち込んでいたら、自分のせいだと悲しんだだろう。
ルナも同じように思ってくれたことを、リリーは感じた。そう、思い出話をしよう。がいなくなってしまったことがどれだけ悲しくても、と一緒にいた時間まで悲しい思い出になるわけではないのだ。
「だってわたし、あの頃本当にシリウスたちが嫌いだったんだもの」
「そうだったね」
ルナがクスクスと笑うのを見て、リリーも少し頬を緩めた。
「未だにリリーがジェームズと付き合ってるって信じられないときがあるもん。夢だったんじゃないかなって」
「ジェームズが変わっていなければそうだったかもしれないわね」
「それはわからないよ」とルナは言った。リリーはますます楽しそうなルナに、ちょっと眉を顰めて見せた。
「ジェームズが変わらなくてもとシリウスは付き合ってただろうし、そうなるとリリーがジェームズと仲良くなる機会なんていくらでもできたんじゃない? 実際、ちょっとそういうところもあったでしょ?」
「そうかしら?」
不満そうにリリーは言った。
「何だかルナの言い方って、とシリウスが付き合うことは何があっても絶対みたいね」
「それは、ね」
何かを含んだような笑顔だ。ルナは面白いことを見つけるとよくこういう表情をする。ジェームズやシリウスが悪戯を思いついたときと同じだということを、リリーは知っていた。
「はずっとシリウスが好きだったわけだし……」
「そんなこと知ってるわ」
「シリウスだってそうだったもの」
「えっ?」
リリーは思わず聞き返した。
「前にも話さなかった? シリウスもがずっと好きだったんだと思うよ」
「話したかしら?」
「あれ? 話さなかった? うーん……でも、まあ、わたしはそう思ってたんだよ」
「どうして?」
「だってシリウス、よくのことを見てたし。1年生のときから」
それじゃあと一緒じゃないか。そう言おうとして、リリーは言葉を飲み込んだ。言われてみればそんな気がする。それに、1年生のときに声をかけていたシリウスは、よく考えればそんな雰囲気だった気もした。
「2人を見てると、何か運命的だなって――」
ぽつりとそう言って、ルナは自分の言葉に驚いたようにほんの少し目を見開いた。しかし次の瞬間、ルナの表情にわずかに差した影を見て、リリーは彼女が何を思ったのか察してしまった。リリーもそうだった。結局、のことを話している限り、あのクリスマスの日のことを思い出してしまうのだ。
2人は確かに運命で決められた相手だったのかもしれない。
そう思えるくらい、お互いのことを思いやっていた。これ以上にない関係だとリリーもルナも思うことができた。それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
運命に決められた相手なら、何故2人の結末はあんなに悲しいものになってしまったのだろうか。