ローブのポケットに手を入れれば、冷たい瓶の感触がする。
薄暗い空き教室は、埃っぽい臭いで満たされていた。その古びた扉が開かれる慎重な音に、シリウスはゆっくりと顔を上げた。
「急に呼び出して悪かったな」
部屋に入ってきた人影に、シリウスはこれ以上に無い甘い声と微笑みを向けた。
「ううん。そんな……」
それに答える声もどこか甘く、恍惚とさえしている。手紙と呼ぶにはお粗末なメモでシリウスが呼び出したクリス・ストーンは、これから起きることへの期待に胸を高鳴らせていた。
そんな彼女の期待を敏感に感じとり、シリウスは慣れた動作で彼女を自分の傍へと誘った。教室の埃っぽい臭いに、彼女がつける甘い香水の臭いが混じって吐き気がしそうだ。それでもシリウスは無表情のまま、決してその感情を面に出すことは無かった。
「この間は悪かったな」
唐突にクリスの腰を引き寄せ、シリウスは鼻と鼻が付くくらいにその整った顔を目の前の栗毛の少女の顔に近づけた。
「イライラしていたんだ」
見る見る頬を赤く染め、クリスは目の前にいる憧れの人の甘い微笑みに夢中になっていた。「別に気にしていないわ」と、彼女はほとんどの男子が褒めてくれる笑顔をシリウスに向けた。
「シリウスって呼んでもいい?」
「ああ――」
―― 星を見るのが1番、好き。ブラックくんも……星の名前ね。
こんな時でさえ、の声が思い浮かぶ……シリウスはそれをかき消すように、クリスの唇に己のそれを重ねた。こんな時でさえ……
「イライラしていた気持ち、わかるわ」
深くなる口付けの合間に、クリスがささやくように言った。甘ったるい、鼻にかかった声……
「・につきまとわれていたせいでしょう? 誰だってイライラするわ」
吐き気が、する。
それでも無表情で、シリウスはクリスの唇から首筋に義務的なキスを移して行った。今、顔を上げればクリスは頬を赤らめてその口元に笑みを浮かべているのだろう。どこか、勝ち誇ったような。
「なあ」
それを確かめようとしないまま、シリウスは低い声でクリスの耳元にささやいた。
「ハロウィーンの夜、・を呼び出したんだって?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
シリウスの問いに、怪訝そうな声が答えた。
「別に……何でわざわざなんかに関わるのかと思ってさ」
嘘だ。どろりとした黒い物が胸の奥からこぼれた。「なんか」なんて思ってもいないのに。こんな言い方はしたくないのに。