「何ていうことを」
ショックを受けたマクゴナガルの厳しい視線がシリウスに注がれた。
ショック状態のエミリーはレオン・グリフィスが呼び出したマダム・ポンフリーによって医務室に連れて行かれた。シリウスは校長室へと連行され、校長と寮監のマクゴナガルの前で事件のことを洗いざらい吐かされた。しかし、真実を告げることはためらわなくても、シリウスは事件を起こした理由だけは話すことをしなかった。
「どうしても理由を話してはくれんかね?」
ダンブルドアの思慮深い瞳がシリウスを見据えていた。シリウスは頷くことさえせずに、その瞳をただ見返すだけだった。犯人だと告白することで、シリウスはひどく落ち着いた気分になっていた。に知られているのではという恐怖は、どうせ明日には知られるのだというある種の開き直りによって打ち消された。
「話せ、ブラック」
冷たい声が降り注ぎ、シリウスは「闇の魔術に対する防衛術」の教師を睨むように見た。
「話した方が身のためだ。退学にはなりたくないだろう?」
「まあまあ、グリフィス先生」
たしなめられたことに対してなのか、グリフィスは深い溜息をついた。シリウスは再びダンブルドアに視線を戻した。退学になるのだろうか……しかし、それならそれでかまわなかった。今はただ、投げやりな気分だ。
「さて、どうしたものかのう……」
ダンブルドアの表情は何故か穏やかだった。もちろん、すでにシリウスはこの決して褒められない行いについて彼から非難をされていたし、その言葉を素直に聞き入れていたのだが。
考えるようなダンブルドアの素振りによって、校長室は沈黙で満たされた。そのどこか居辛い空気を破ったのは、慌てたように階段を上る音と、校長室の扉が勢いよく開かれる音だった。
「……!」
心底驚いたようにグリフィスが呟いた。シリウスも同じように驚いていた。寝間着に上着を羽織った姿のが、息を切らしてそこに立っていた。慌てて来たようだ。どうして? シリウスは口を開け、彼女をマジマジと見つめた。
「、一体どうしたのです? こんな時間にそんな格好で……」
「先生、ごめんなさい……でも、わたし……」
の銀色の瞳がマクゴナガルからシリウスに移り、そして真っ直ぐにダンブルドアを見つめた。
「校長先生、わたし、先生にお話したいことが――」
「何かね? 」
はためらうことなく口を開いた。シリウスは自分が言わなかった理由を彼女が言おうとしていることに気づき、思わず一歩踏み出そうとした。しかしグリフィスの手ががっちりと肩を掴んでいる。
黙っていたのに。言えば彼女に迷惑がかかると思って……へたをすれば彼女は全部自分が悪いんだと言い出しそうで、黙っていたのに。
「ブラックくんはわたしのために今度の事件を起こしたんです。わたしが……わたしが髪を切られたから……」
「切られた?」
言葉を挟んだのは意外にもグリフィスだった。彼はシリウスの肩を掴んだまま、を見つめていた。
「自分で切ったと言っていなかったか?」
「ごめんなさい……あれは嘘なんです。心配かけたくなくて……」
は一瞬申し訳なさそうにグリフィスを見たが、またすぐにその視線をダンブルドアに戻してしまった。
「ブラックくんはわたしの代わりに怒ってくれただけなんです。彼は悪くないんです。それに、それに、わたし……」
「」
懇願するようにシリウスはの名前を呼んだ。しかし彼女の銀色の瞳が、シリウスに向けられることは無かった。
「わたし、ブラックくんが犯人だって知っていて、止めなかった……」
俯いたの肩が、震えているように見える。シリウスはグリフィスの手を振り払い、に駆け寄った。は泣いていなかったが、泣きそうに思えた。
「、これは僕が勝手にやったことだ。君には関係ない」
「でも……」
シリウスはそっとの肩を抱いた。彼女が責任を感じることは無いのだ。それにきっと、自分はに言われても止まらなかっただろう。
「」
穏やかなダンブルドアの声が2人の耳に届いた。
「君の気持ちはよくわかった。じゃが、シリウスは事件を起こしてしもうた。それに関してはちゃんと償わなければならん。退学はちと厳しすぎるがのう」
最後の言葉はグリフィスに向けて、ダンブルドアは言った。
「シリウスの処分は寮監のマクゴナガル先生にお任せしたいんじゃが?」
「そのつもりです」
マクゴナガルは厳しくシリウスを見た。
「ブラック、あなたには6年生の間、ホグズミード行きと……残念ですが、クィディッチチームへの参加を禁止します。それから、今学期中、マグル式でホグワーツ中の掃除をしていただきます。いいですね?」
退学に比べれば軽い罰だ。シリウスは頷いた。クィディッチができないのも、掃除もかなり嫌だったが。が心配そうに自分を見ているのに気づき、シリウスはちょっと微笑んでみせた。
「おお、そうじゃ。忘れるところだった」
唐突にダンブルドアが口を開き、シリウスとは再び顔を上げた。
「1つ聞きたいことがあったんじゃ。シリウス、君の使った魔法のことで――」
ぎくりと、シリウスは自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「わしの見たところ、わしでさえ知らないような魔法がかかっているようじゃった。君は一体どんな魔法を使ったのかね?」
無意識に、ローブのポケットに入れたままだった瓶に触れた。冷たい何かが背筋をはったが、シリウスは落ち着くことができなかった。
ダンブルドアの瞳は真っ直ぐにシリウスを見つめている。シリウスは全てを見透かされた上で、その質問をされている気がした。そして嘘はつけないのだと悟った。
「……わかりません」
「わからない? そんなはずはないだろう」
グリフィスの厳しい声を、シリウスは無視した。
「石にする呪いをかけたつもりはないんです。もっと単純な奴を……でも、実際は違っていて……」
「気にはならんかったのかね?」
戸惑いがちに頷いた。どんなことが起きても、あの時のシリウスにはただそれが「当然の報いだ」としか思えなかった。また少し、瓶に触れた。
「何を持っている?」
それに気づいたのはグリフィスだった。鋭い視線をシリウスのローブのポケットに投げつけ、「出したまえ」と彼は告げた。
「何も……」
「魔法で呼び寄せてもいいんだぞ」
冷たい視線がシリウスに浴びせられた。はやはり心配そうな顔をしている。彼女の前でこれを出したくは無かった。何を思われるか……今度こそ、軽蔑されるかもしれない。
しかし魔法で奪われるのも嫌だった。シリウスは仕方なくポケットに手を入れ、渋々冷たい瓶を取り出して見せた。中に入ったの髪は、ハロウィーンの晩から美しさを保ち続けていた。
「それ……」
呆然と瓶とシリウスを交互に見るから、シリウスは気まずそうに視線を逸らした。
「何故貴様がそれを持っている!?」
グリフィスはすぐにシリウスの手から瓶を奪い去った。
「まさかこんなことが……! 校長、私は失礼する」
イライラと呟き、グリフィスはダンブルドアの返事を待たずに風のように校長室を後にした。困惑したように、が扉と自分を見つめるのが見えた。
「ブラックくん、どうして……?」
「ハロウィーンの夜に拾ったんだ……あの部屋の片づけをしている時に……」
シリウスがそう告げると、は困ったようにダンブルドアに視線を向けた。校長は何か考え込むようにしていた。の髪が、どうしたのだろうか。
「シリウス、君は知らんかったと思うが……」
ダンブルドアはゆっくりと話し出した。
「ホグワーツの生徒のほとんどがの髪を“変わってる”と思うておるのは知っているじゃろうが、実際、の髪は人と少しばかり違うんじゃ」
「どういうことです?」
「の髪には特別な力がある」
ダンブルドアの口調ははっきりとしていた。
「ちゃんとした使い方をすれば正しく発揮される力じゃ。しかし、今回は持ち主であるから切り離され、新しく持ち主になったシリウス、君の意思で間違った方向に力が働いてしまったようじゃのう」
シリウスはを見た。にわかには信じられなかったが、彼女はためらいがちに頷いた。
「シリウス、何事も意思しだいで良いものにも悪いものにもなるものじゃ。それを忘れてはいかんよ」
ダンブルドアの言葉が、静かにシリウスの胸にしみこんでいった。ダンブルドアはにっこりと笑い、「それから」と今度はに視線を向けた。
ダンブルドアの杖が振られ、やわらかな何かが落ちる音がした。シリウスは驚いて、の銀色の髪をマジマジと見つめた。伸びている。も信じられないように以前の長さに戻った髪を触っていた。
「わしにもこのくらいの魔法は使えるんじゃよ」
悪戯っぽく、ダンブルドアは微笑んだ。