翌朝の大広間はいつかのように騒がしく、シリウスは朝食を取っていたはずのジェームズの姿がいつの間にか見えなくなっていることに気がついた。何かあったのだろうか。向かい側に座るリーマスとピーターに視線を向ければ、彼らは揃って首を傾げた。
ジェームズは意外に早く戻ってきた。彼はテーブルに着くなりグラス一杯の水を飲み干し、それから探るような視線をシリウスに向けてきた。
「また事件だ」
「事件?」
「君の元恋人のエミリー・ハドソンが大火傷をおって入院したんだって」
「僕を疑ってるのか」
ジェームズの視線の意味に気づき、シリウスは眉を顰めた。ダンブルドアにまで犯人だと知られているのに、どうしてまた事件が起こせるというのだろうか。
「前科があるからね」
皮肉たっぷりに、リーマスが言った。
「だけど僕がそんなバカじゃないことも知ってるだろ。こんな風にすぐに疑われるってわかっていて、また事件を起こすと思うのか?」
「君、のこととなるとどうも後先考えないみたいだからな。パッドフット」
「彼女を気安くなんて呼ぶなよ」
昨日、の前で現せなかった不機嫌さをシリウスはジェームズに向けた。
「君もそう呼んだら? エミリー・ハドソンのことをそうしていたみたいに」
「僕じゃないって言ってるだろ!」
「怒鳴るなよ」ジェームズが呆れたように言った。シリウスは苛立っていた。本当に何も知らないのだ。エミリーに復讐してやりたい気持ちを忘れていたわけじゃないけれど、もう何もしないと心に誓ったのだ。が哀しむから。
は、知っているのか?
シリウスの心に一抹の不安が過ぎった。彼女も自分を疑っているのだろうか?
「それで」
冷静なリーマスの声に我に帰って、シリウスは目の前の友人の顔を見た。
「どうやってハドソンは火傷なんかしたんだい?」
「彼女のルームメイトの話だと、ランプの火が突然大きくなって彼女を襲ったらしい。ほとんど寝ていたから、夢かもしれないとも言ってたけど……悲鳴ではっきり目が覚めて、そのときにはエミリーの体に炎が燃え移っていたって」
先ほどまでの様子と打って変わって、ジェームズは冷静に集めてきた情報を公開した。「そんなことできるの?」と、ピーターが顔を青くしながら尋ねた。
「ルームメイトが犯人じゃない限りは、方法なんて僕には思いつかないよ」
ぐっと声を抑えるジェームズが、密かにスリザリンの方を見たのにシリウスは気づいた。
「ランプに細工してあったなら別だけど、ランプだって寮のものだ。他の寮生が何かするにはレイブンクローの生徒を操るとかしないと……」
「じゃあ、闇の魔術が使われてるってこと?」
「可能性の話さ」
ジェームズはちぎったパンを口に放り込んだ。これ以上の話はないようだった。犯人を推測だけで決め付けるわけにはいかない。シリウスにもそれはわかっていた。もっとも、やったのが闇の魔術に心酔しているような奴だという可能性も否定しないが。
しかしシリウスにとって、自分の模倣犯よりも、この事件を聞いてがどう思ったかの方が重要だった。もし誤解されていたら……すぐにでも、誤解を解かなければ。
「エバンズたちだ!」
大人しく朝食を食べていたジェームズが熱い口調で言った。大広間の入り口に視線を移せば、確かに、リリー、ルナの3人組が入ってきたところだった。ジェームズが立ち上がり大声で3人を呼ぶと、3人は―― リリーは少し仕方なさそうに―― 歩み寄ってきた。
「おはよう」と、ジェームズがリリーに声をかけると、彼女は小さな声でそれに返した。ハロウィーンの事件以来、リリーの中でジェームズの評価は少しよくなりつつあるらしい。というのが、最近のシリウスの見解だった。
「もおはよう」
ジェームズがににっこりと微笑んだのに、シリウスは低く唸った。
「ですって?」
「わたしが呼んでって言ったのよ」
がちょっとジェームズを見たのに、シリウスだけが気づいた。
「ジェームズも友達だもの。大切な……」
「、でも―― ……OK、わかったわ」
「よかったら君も僕のことジェームズって……」
「調子に乗らないで。ポッター」
リリーは勢いよく椅子に座り、オートミールの皿を手に取った。の困ったような視線に肩を竦め、気にしなくていいとシリウスは態度で伝えた。
「ねぇ、それより今朝はどうしてこんなに大広間が騒がしいの?」
紅茶にたっぷりのミルクを注ぎながら、ルナが辺りを見渡したのに、シリウスはギクリとなった。彼女たちはまだ知らないのか?
「エミリー・ハドソンのことさ」
しかし、シリウスの恐れていたことを彼の親友は実行した。彼はあっさりとエミリー・ハドソンの事件のことを説明し、彼女たちを驚かせた。
話が終わってすぐ、ルナとリリーの視線がシリウスを貫いた。「僕じゃない!」シリウスは唸るように言った。
「わざわざ自分の首を絞めるような真似を僕がすると思うか?」
「思うわ」
「リリー」
諌めるようにが口を挟んだ。
「ブラックくんはそんなことしないわ」
シリウスはを抱き締めてキスしたい衝動にかられた。がそう言ってくれたことは、に疑われていないということは、シリウスの胸に喜びと安堵感を与えた。
「あなたはブラックに甘すぎるのよ、」
それをどん底に落とすような声に、シリウスはその主を睨んだ。
「まあ、でも今回は前みたいに石になったわけじゃなくてハドソンは火傷を――」
「火傷?」
不安げにはくり返した。
「ハドソンさんは火傷をしたの?」
「ああ……部屋のランプの炎に襲われたらしい」
の銀色の瞳が複雑な色を持ってシリウスを映した。「?」シリウスが呼ぶと、彼女は急に立ち上がり、険しい表情で辺りを見渡した。
「わたし、用事を思い出したわ」
落ち着きはないが、はっきりとした口調だった。
「ごめんなさい」
は自分を見て言ったように、シリウスは思えた。朝食をひと口も食べることなく、足早に大広間から去っていくの後姿を見つめながら、シリウスは唐突な不安に駆られたのだった。