その瓶は、その瓶の中の銀色の髪は、あのホグワーツに入学した日に見たの髪とは全く違うものに見えた。どこか、不気味だ。
シリウスもグリフィスも、そしてもその瓶を見つめていた。ダンブルドアだけが静かに、見守るように3人に視線を送っている。
「校長から聞いたと思うが」
落ち着いた、しかしどこか尊大な雰囲気のある声で、グリフィスが告げた。
「彼女の髪には不思議な力がある」
シリウスは頷いた。確かにシリウスが事件を起こした時、ダンブルドアがそう言っていた。の髪には不思議な力がある。その力が持ち主であるから切り離され、シリウスが持ち主になり、間違った方向に発揮されてしまったのだと。
「契約の魔法だ」
「契約の……? 魔法?」
聞いたことが無かった。シリウスが今まで読んだどんな本にも、教科書にだって載っていなかった。
「そのための力が彼女の髪には宿っている。力の持ち主である彼女が、契約相手を守るために使うものだ。しかしこの髪は彼女から切り離され、持ち主と目的を失ってしまった。そして、お前が拾った。新しい持ち主だ。新しい持ち主であるお前の1番の望みを叶えるために髪は力を発揮した。それが女子生徒への復讐だった」
「僕がかけた呪いの効果と違ってあいつらが石になったのは……髪の力のせいなのか?」
「そうだ」
「それじゃあ……火傷は?」
グリフィスは黙り、深く溜息をついた。
「事件の後、お前から髪を没収したことで、私が新しい持ち主になった―― そして私の1番の望みを髪は叶えようとした。彼女を……を守ることだった」
?
シリウスはを見た。何故、グリフィスは彼女をそう呼ぶんだ? 昨日、親友が言っていたことが頭を過ぎる。彼女が、グリフィスと恋人同士だから……? しかし、は確かにそれを否定していた。
「わたしたち、兄妹なの……血が繋がっているわけじゃないけれど……」
シリウスの視線を受け、が告げた。
「グリフィス先生―― レオンは、小さかった頃のわたしの面倒を見てくれて……兄妹みたいな関係なのよ」
この2人が?
信じられず、シリウスは2人を交互に見た。は困ったように微笑み、グリフィスは不機嫌そうな視線をシリウスに向けた。
「信じられなくても真実は真実」
グリフィスはきっぱりと言った。
「は私の大切な妹だ。だからお前がにしたことも、ハドソンがにしたことも許せなかった―― 火傷はその結果だ。これ以上を傷つける人間がいなくなるように、髪の力は発揮された」
「どうして、火傷だったんだ?」
「それは、髪が私自身の力に影響を受けたからだ」
「何?」
「私にも、のように特別な力がある。その力に、の髪の力が影響されたのだ」
混乱する頭を、シリウスはゆっくりと整理していった。自分だって魔法使いだ。マグルが魔法に驚くのと違って、グリフィスの言うことは飲み込むことができる。でも、どうして……?
「特別な力って……? どうして、そんな力が……?」
グリフィスのブラウンの瞳が、を見た。はどこかさえない表情でシリウスを見ていた。
「信じられないかもしれないけど……」
瞳を伏せたのまつ毛が、彼女の瞳に影を落とした。
部屋は静まり返っていた。親友たちの呼吸の音だけが、シリウスの耳に聞こえていた。
「人じゃ、ない?」
ジェームズが震える声を発した。
「それって、どういうことだい?」
「言葉通りさ。人とは違う生き物だ」
「そ……そんな馬鹿なことがあるもんか!」
「そうかな」と答えたのはリーマスだった。
「僕だって、人とは違う。狼人間だ。そうだろ?」
「それは……」
リーマスには、妙な落ち着きがあった。自分も人と違うから、彼女がそうだったとしても驚かない? シリウスがリーマスを見ると、彼は真摯にシリウスを見ていた。
「僕は知ってたよ。が人じゃないって」
「えっ?」
「彼女から聞いたんだ。黙っててくれと頼まれたから、君にも言わずにいた――」
「いつ……?」
いつの間に? 怪訝そうに、シリウスはたずねた。そんなこと、知らなかった。
「いつだったかは、ちゃんと覚えていない……でも、4年生くらいだったよ。その日は、満月の次の日だった……僕はまだ1人で満月を過ごしていたから、しょっ中体中を傷だらけにしていて……覚えてるだろ?」
「うん……僕が中々ねずみになれなくて……まだ、ムーニーと一緒にいられなかった」
ピーターが申し訳なさそうに言うのに、リーマスは少し笑った。
「その日も体中傷でいっぱいで、入院していたんだ。そしたら、が来たんだ。医務室に……彼女はいじめでできた傷を、リリーたちに内緒で手当しに来たんだ。僕は驚いたし、も驚いてた。お互いに、秘密を知られた気分だった。でも、動揺していたのは僕の方だったと思う」
「大丈夫?」
明らかに尋常ではない傷を見られたことに、リーマスは動揺していた。そして更に彼女が心配なんてしてくるから、ますますどうしたらいいのかわからなくなった。
傷の理由を聞かれたら? それとも、もしかして何か気付かれてしまった? リーマスの知る限り―― と言っても、同じ寮だったが彼女とほとんど話したことはなかった―― ・は頭のいい子だった。
「心配しないで」
リーマスの動揺を覚ったのか、はちょっと微笑んで言った。
「わたしも同じだから」
「えっ?」
「わたしも、人と違うから……」
「それって僕と同じってことかい? つまり……君も狼人間?」
「ううん」と、は首を振った。
「狼人間ではないけれど、でも、わたしも人と違うの」
リーマスは不思議そうにを見た。彼女はこれ以上詮索されたくなさそうだったし、リーマスもそれ以上何も聞けなかった。
「誰にも言わないでくれるかい?」
「わたしのことも、秘密にしてくれる?」
「もちろん……君がそうしてくれるなら、約束するよ」
がちょっと安心したように笑って、「約束する」と言ってくれたことに、リーマスはこれ以上に無い安心感を覚えた。もしホグワーツ中に知られるようなことがあったら、自分はここにいることができなくなってしまう。
マダム・ポンフリーがを呼ぶ声が聞こえた。「お大事にね」そう言って微笑んで、背中を向けたの髪は、月の光のように綺麗だった。
「僕らはお互いの秘密を絶対に誰にも話さなかった。普段と変わりなく過ごして、僕は時々、彼女が人じゃないってことを忘れるほどだった。きっと、彼女があまりにも普通だったからだと思うんだ……普通の人と、変わらない……」
シリウスは少しだけ表情を和らげた。そう言ってもらえるのは、嬉しかった。
「君だってそう思うだろ? プロングズ」
「まあ……確かに彼女は、みんなと何も……変わらなかったけど……」
渋々と言った様子で、ジェームズは頷いた。
「正直、僕も最初は戸惑ったんだ」
そんな親友の様子に、シリウスは溜息混じりに言葉を紡いだ。
「が人じゃないと聞いて……信じられなかった。納得しようにも、中々できなかったよ」
振って湧いたような「真実」に、頭はついていかなかった。どんなに彼女のことが好きでも。