白い雪がちらつくこんな寒い校庭に、は本当にいるのだろうか。心のどこかでそう思いながら、シリウスは湖までの道のりを風のように走っていた。貰ったばかりの黒いコートが空気をはらんではためいている。
もしグリフィスの言ったとおり彼女がこの寒空の下にたった独りでいるのなら、早く行って抱きしめたいと思った。でも、その前に謝りたい。謝って、自分の本当の気持ちをちゃんと伝えたい。
薄い氷の張った湖はいつも以上に音がなく、生き物の気配もなかった。広い湖のほとりをぐるりと見渡して、シリウスは自分のいる場所から少し離れたところに見覚えのある銀色を見つけた。
は静かにたたずんで、湖のほうを見ている。ゆっくりと歩み寄っていくうちに、シリウスは、その瞳がどこか遠くを見つめていることに気付いた。
「やっと見つけた」
白い息とともに声をかけると、はゆっくりと振り返り、驚いたようにシリウスを見た。戸惑いがちな声がシリウスの名前を呼び、シリウスはただ「捜してたんだ」と呟いた。
「グリフィスに会って……ここにいるだろうって……」
「そう……」
俯いたに、いつかの図書館でネクタイをそうしたように、シリウスは持っていたカードをの目の前につき出した。
「これ」
「えっ?」
「君のだろう? 差出人の名前はなかったけど、そうじゃないかって思ったんだ。だから……」
「うん……」
「僕は何もプレゼントなんか用意してなかったのに……ありがとう」
「いいの。わたしが、勝手にあげただけなんだから……」
いつもより少し早口で言うに、突き放されたような気持ちになってシリウスは少し眉を顰めた。気まずそうに視線をそらしたとの間に沈黙がおり、それに耐えられなくなったのか、は「もう戻るね」と言って、シリウスから一歩遠ざかった。
「待ってくれ」
そう言って掴んだ腕は、いつもより細く感じる。
「話があるんだ」
不安そうな銀色が、シリウスを映した。
「でも……」
「距離を置こうって言われたことなら、僕は了承していない」
きっぱりと、シリウスは言った。もう迷いはなかった。
「」
の驚いた顔が、シリウスの薄灰色の瞳に飛び込んできた。彼女は何か言いたそうだったが、シリウスは構わなかった。
「でも、謝りたいんだ。僕が君を不安にさせて、傷つけたのは事実なんだから……」
「そんなこと……ブラックくんが謝る必要なんてない。だって、わたしが、勝手に……」
「違う。悪いのは僕だ。突然すぎてついていけなくて、迷っていると思い込むことで逃げていたんだ。君が人間じゃないって事実から……真実なのに。本当は何も変わるわけないのに、何かが変わるのが嫌だった……それまでの、君との関係とか……。だけど、臆病なだけだったんだ。本当は、答えなんて出ていたのに……曖昧なことを言っても、結局君の傍を離れられなかった時点で……いや―― 本当は、もっと前から」
シリウスは、少し雪のついたの銀色の髪に触れた。彼女は不安そうな視線を向けていた。そんな顔、してほしくないのに。
「ホグワーツで入学した日、組分けの儀式で初めて君の姿を見たとき、僕は君が人間じゃないんじゃないかって思ったんだ。君が……あまりにも、綺麗だったから」
この髪が、ろうそくの灯に反射して、輝いていた。
「だから……君が本当に人間じゃなかったからって、僕の気持ちは変わるはずなかったんだ。僕はそれに自分で気付けなかった……あの頃から、ずっと同じ気持ちを持ってるのに」
薄灰色の瞳が、真っ直ぐに銀色の瞳を見つめた。シリウスは、自分の喉が乾いていくのを感じていた。鼓動は、不思議と速くなっていなかった。ただ、妙にはっきりとその音がシリウスの中で響いていた。
「、君が好きだ。ずっと君を想い続けてた。君が人間じゃなくても構わない。だから……」
そっとの髪から手を離し、シリウスはためらいがちにを見た。
「いつか、約束した日のことを覚えているか? 僕が軽い気持ちで女の子と付き合うのをやめたら、君も独りで抱え込むのをやめるって約束して日のこと」
「う、うん……」
「あの時、僕が言ったことも?」
は頷かなかったが、静かにシリウスを見つめていた。それだけで、彼女が覚えているのだろうとシリウスにはわかった。
「、君の傍にいてもいいか?」
あのときと同じセリフを、シリウスは繰り返した。
「それに、君にも僕の傍にいてほしいんだ。これからも、ずっと」
静かに自分を見つめるの瞳から、はらりと透明な雫がこぼれた。
「でも」
その声は、震えていて。
「わたし、人間じゃないのよ……?」
「知っているよ」
「いつか、年をとらなくなるの……」
「契約の魔法があるんだろう?」
ハッとしたように、はシリウスを見た。