第八章
渡しそびれたバレンタインカード

 月末のリリーの誕生日を終え、シリウスはからリリーがプレゼントをとても喜んでくれたという報告と、買い物に付き合ったことに対しての2回目のお礼を受けた。
 はとても嬉しそうだった。そしてシリウスは、2週間後に迫ったバレンタインでをそれ以上に喜ばせたいと思っていた。

「ムーニーはどうするんだ?」
「バレンタインのこと?」

 シリウスがもう終わらせてしまった課題をやっているリーマスは少し視線を上げてシリウスを見た。形のいい眉を寄せて悩むシリウスの表情はやっかいなレポートをやっている時さえ拝むことはできないだろう。

「カードでも贈るよ」
「他には?」
「どうだろう? でもルナがそれ以上するなって言うんだ。あとは一緒にいられればいいって――
「あぁ―― たぶんもそう思ってるよ」

 座っていた肘掛椅子に身を沈めて、シリウスは考えることを放棄した。だって全く同じことを言うに違いない。それでいて、彼女は自分に特別な物を用意してくれるのだ――

「でも僕が何かしたいんだ」
「他にプレゼントを贈るとか?」
「この前ホグズミードに行った時、彼女にプレゼントしたんだよ」
「バラの花束でも贈ったらどうだい? 君にならお似合いさパッドフット」

 別の声にシリウスとリーマスは同時に顔を上げた。

「プロングズ」
「ケンカするなら部屋に行ってくれるかい」

 シリウスの眉間の皺が一層深くなったのを見て、リーマスは素早く言った。

「エバンズにやれよ」
「エバンズはバラの花束で喜ぶような女の子じゃないんだ」
だってそうさ」
「パッドフット、それより君は他の女の子たちから贈られてくるカードをどうするか悩んだ方がいいんじゃないか?」
「何?」
「毎年君の所には山のようにカードが贈られてくるじゃないか。もっとも今年はあんなことがあったんだし、去年よりは少ないだろうけどね―― また薪の代わりにするのかい?」

 シリウスは顔を顰めた。すっかり忘れていた。シリウス自身には理解できないことだったが、毎年バレンタインやクリスマスには今まで名前も知らなかった女子からプレゼントやカードが贈られてくるのだ―― シリウスはいつもそれを暖炉に放り込んでいた。
 もしがそれを見たら―― シリウスは考えた。はあまりいい思いをしないだろう。ジェームズの言うとおりだ。に見つからないようにきちんと処分しなければ。

「ムーニー、君はどう思う? 僕らはもう6年生でホグワーツにいる間にバレンタインはあと2回しかないんだ。僕はエバンズと付き合いたいんだよ」
「君が君自身の態度を改めればいいんじゃないかい」

 リーマスは課題をやる手を止めた。作業は進みそうになかった。

「彼女は君の軽はずみな言動が気に入らないんだからね」
「そういうのじゃなくて、バレンタインにできることさ」
「つまり君はそこまで辿り着けていないってことさ、プロングズ」
「黙れよパッドフット」
「やめなよ。それよりパッドフット、は君と1日一緒にいられれば喜ぶと思うよ。はずっと君が好きだったんだからそれにもっと報いてあげるべきだ。がとっくに君を好きじゃなくなっていたら、君が自分の想いに気付いても報われてなかったわけだし」
「それは……そうだな」

 自分がへの想いに気付いていてもが自分のことを好きじゃなかったら―― そう思うとぞっとする。あんな風にホグズミードに一緒に行くこともなかったし、ホグワーツで毎日寄り添って歩くこともなかったのだ。

 それでも特別なプレゼントをに贈りたかった。しかし2週間はあっという間だ。その日の朝、ベッドから体を起こしたシリウスはそれを実感した。

「何だこれ……」

 寝起きのかすれた声でシリウスは言った。ベッドの足もとの床には、山のようなカードがある。

「嫌がらせも混じっているんじゃない?」

 とっくに起きていたリーマスがこともなげに言った。「全部バレンタインカードさ」勘弁してほしいとシリウスは思った。

「談話室にはなかったよ。さっき見てきたんだ。はもういたけど……」
「朗報だな」

 不機嫌そうにシリウスは言い、ピーターの肩を叩いた。さっそく身支度をすませ、カードを先に処分してしまうことにした。―― 彼女はそんなことしないだろうが―― この部屋に来ると困るからだ。

 差出人の名前があったりなかったりするカードを開けるまでもなく部屋の暖炉に放り込んでいく。悪戯が混じっていようがいまいがシリウスには関係なかった。からもらえるカードでなければ。
 カード―― へのカードはベッド脇の引きだしにしまってある。他のプレゼントは用意できなくても、カードだけはと用意しておいたのだ。
 引きだしの方を見ながら、シリウスは次のカードを手に取った。

 雷が頭の上に落ちてきたような衝撃を受けたのはその時だった。

 大きな音が部屋中に響き、1番近くにいたピーターが尻もちをついた。「シリウス!?」慌てて友人の名前を呼べば、彼は爆発と共に出た煙の中で倒れていた。

「た、大変だ! どうしよう、ムーニー!」
「気を失ってる……ワームテール、マダム・ポンフリーを呼ぶんだ!」
「う、うん!」

 青ざめた顔で倒れるシリウスをリーマスは見下ろした。何だかひどく悪い予感がした。

 ピーターが談話室に下りて真っ先に見つけたのはの銀色の髪だった。瞬間、彼はに報告するべきかを迷った。

「どうしたの?」

 しかし、答えを出す前にはピーターの視線に気づき声をかけてきた。

「えっと、
「ピーター? ワームテール? 何を慌ててるんだい?」
「プロングズ!」

 ちょうど談話室に入ってきたジェームズに「シリウスが」とピーターは口走ってしまった。

「シリウス? 彼がどうかしたの?」

 しまったと思ってももう遅い。真剣な瞳で見つめられ、「実は」とピーターはにも報告せざるをえなかった。

「倒れたんだ」
「倒れただって?」
「カードが……その、ごめん、バレンタインの……それに触ったら爆発したんだ。僕、マダム・ポンフリーを呼んでこないと」
「そうした方がいいみたいだね。僕は部屋に戻るよ。、君も」

 伸ばされたジェームズの手をはとった。その冷たい手から、彼女の不安が伝わってくるようだった。

back/close/next